松田奈緒子先生原作の漫画「重版出来!」は「月刊スピリッツ」(小学館)で2012年11月号から2023年8月号まで連載され、「このマンガがすごい!2014オトコ編」第4位、「このマンガを読め!2014」第2位、「マンガ大賞2014」ノミネート、日本経済新聞「仕事マンガ」第1位、そして、2017年には第62回「小学館漫画賞」(一般向け部門)を受賞している大人気作品です。
2016年4月期にはTBSテレビ系列で黒木華さん主演で原作ストーリーを比較的忠実に再現したテレビドラマも放映され、コンフィデンスアワードドラマ賞を受賞しました。また、脚本を担当した野木亜紀子氏は本作で東京ドラマアウォード脚本賞、そして、野木氏が同年にやはり脚本を担当した「逃げるは恥だが役に立つ」と合わせて、コンフィデンスアワード・ドラマ賞 年間大賞 の脚本賞も受賞しています。
「重版出来!」のあらすじ
『幼いころから柔道に打ち込んできた黒沢心はオリンピック女子柔道日本代表の呼び声も高かったものの怪我がもとで選手生命を絶たれてしまい、潔く柔道から退き、日体々大学を卒業後は一般企業へ就職することを決意します。
就職活動中に就職試験を受けた大手出版社・興都館で志望動機として「子供の頃読んだ『柔道部物語』に憧れ柔道を始めて、主人公たちと同じ喜びと苦しみを体験し、厳しい練習後には漫画を読んで元気をもらいました。そして、海外遠征の際には他国の選手達と漫画話で親しくなれ、言葉の違う国の人達から日本の漫画のキャラクターの名前が出てくることに感動し、誇らしかった。そのような経験から自分も、読書が漫画から何かを得られる作品に参加したい、そして、世界の共通語となる漫画で世界中のみんなをワクワクさせたい」と熱意を最終面接で語り、見事に採用されるのでした。
そして、入社後、黒沢心は新人編集者として週刊コミック誌『バイブス』編集部に配属され、編集部の仕事を通し、多くの漫画家を始め、業界に携わる書店、製本、デザイナー、メディア関係者等の様々な人々と出会い、成長していくのでした』(一部Wikipedia参照)
このように本作品では大手出版社に所属する編集部員を通しての出版社の立場や内情が比較的リアルに描写されています。そして、先述のように「重版出来!」が2016年にテレビドラマ化されたこと経緯を参考にしたと思われる、劇中週刊コミック誌「バイブス」の人気作品が実写映画化されるエピソードがあり、漫画原作のドラマ化のプロセスが比較的詳しく描かれています。
週刊バイブスの人気作品「タンポポ鉄道」実写化のエピソードは「重版出来!」第10巻の第57刷「誰がための映像化!」から第59刷「何千本ブーメラン!」までに描かれるています。
「タンポポ鉄道」が映画化されることとなり、「タンポポ鉄道」の原作者である八丹は5稿目の脚本チェックをするものの、登場キャラクターのセリフの言い回しに違和感を感じ、修正を重ね「タンポポ鉄道」映画化に不安を募らすのでした。
八丹は担当編集であり、連載開始時より信頼し二人三脚で「タンポポ鉄道」を人気作品にした菊地に編集部へ会いに行きます。そして菊地は八丹とともに同じ出版社内の他部署「映像メディア部」の小野田に相談に行くのでした。
「映像メディア部」は「映像全般『映画、ドラマ、アニメ、舞台』に関して、こっち側(出版社側)の代表として相手方の会社と話をつけてくれる部署」と他編集部員の口から説明されます。
「映像メディア部」の小野田は経験も豊富な社員であり、原作者の八丹から脚本に対する不安、そして、脚本家、監督、プロデューサーとの映画化顔合わせ時の不信感を聞き出すと、八丹の不安に対してひとつひとつ説明し、映像化製作陣を信じてくれるよう言うのでした。
その後「タンポポ鉄道」の世界観を捉えた脚本が八丹の元に届けられました。脚本に満足した八丹は小野田に「本当にこの脚本のまま進めていいですね」と最終確認をされます。それは「いざ撮影に入ってやっぱNGとなったらとんでもない額の金と人が飛ぶからな。二重三重に用心しないと」と信用問題になるからだと編集長が黒沢へ説明するのでした。
原作者の手を離れた「タンポポ鉄道」はこれからは映像製作サイド側でのプロセスを踏むことになります。脚本を受け取ったプロデューサーは役柄のイメージに合う俳優を組み、キャスティング権の無い原作サイドも納得のキャストを決定していきます。
ここまで順調だった製作サイドでしたが、田舎の飲み屋の店主というキャスティングで大きな壁にぶつかります。製作サイドとしては重要な役柄ということで大河の主演俳優でもある大御所俳優の成田富十郎を配役しようとしますが、事務所サイドはそんな小さな役としてのキャスティングを認めません。
当初は出演NGをしていた事務所の副社長もプロデューサーの「タンポポ鉄道」における成田富十郎の配役への熱い想いに打たれ、成田富十郎の出演にOKを出しますが、それまで海外出張をしていた事務所社長の鶴の一声で出演に再び待ったがかかります。そして、もし成田富十郎が出演するのであれば脚本を書き換え、飲み屋の店主ではなく大学教授など知的なイメージな役にするようにプロデューサーへ要求するのでした。
興行を失敗出来ないプロデューサーは泣く泣く原作者からOKの出ていた脚本の書き直しを脚本家に頼むとともに、「映像メディア部」の小野田へ「そちらには申し訳ないのだが、脚本を直させてほしい。この段になって原作者がOK出した脚本を変えるというのがルール違反であることは重々承知しています。ただどうしても成田の名前が欲しいのです。」と電話をし、脚本の書き直しの許可を求めます。その電話を受けた小野田は「原作を水だとすると、容れ物によって形が変わるが水は水だ。許されないのは色をつけること。濁らせること。どこまで変えてくるか。それによってハ丹先生を説得できるか。できないか。原作者が許せる範囲か、それとも…」と思うのでした。
一方、書き直しを依頼された脚本家の牧田はフリーとして独立する時の気持ち、原作者ハ丹と担当編集者菊地の「タンポポ鉄道」への気持ちに触れることにより脚本の書き直しを拒否し、「みんなが大好きで大切にしてきた世界を自分の名前で壊したくない!」と今の脚本を書き直すのであれば、作品から降りることをプロデューサーに伝えるのでした。
プロデューサー河原崎は脚本家が脚本の書き直しをしたくないと伝えるべく、映像メディア部小野田を訪ねると小野田から「映画を作るのはあなたたちですのであとは河原崎さんと監督とで決めてください。脚本を取るか成田さんを取るか。もし成田さんを取るなら原作者を全力で説得しますが、うちにとっては一番大切なのは原作と原作者です。もし先生がお嫌だとおっしゃるなら、原作のタイトルを外して頂くかもしれません。」と言われます。
興行的に必要な成田富十郎、作品としてのベストな今の脚本の両方を求める河原崎は頭を坊主にし断固たる決意で再度、事務所社長に今の脚本通りの配役での成田富十郎の出演が作品にどれだけ貢献するかを熱く語ると、土下座をしながら成田の現在の脚本での配役の出演承諾をお願いするのでした。
河原崎の気持ちに打たれた事務所社長のOKをもらうことが出来た映画版「タンポポ鉄道」は無事に元の脚本通りのままの映画が完成しました。そして、関係者一同が緊張の面持ちで「タンポポ鉄道」初号試写会を迎えるのでした。初号試写へ招かれた原作者ハ丹は試写観賞後、感動するとともに自分の「タンポポ鉄道」をこのような素晴らしい映画にしてくれたプロデューサー、監督、脚本家達、製作サイド陣に感謝の気持ちを伝えるのでした。
そして、「タンポポ鉄道」映画化のエピソードは最後、「原作者」ハ丹が「映像メディア部」小野田へお礼を言おうと小野田を探していると担当編集の菊地から「(小野田は)別の作品の映像化の件でトラブったらしくてそっちの現場に行きました」と言われて終わるのでした。
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以上が「重版出来!」での漫画原作の映像化エピソードの簡単なあらすじなのですが、途中トラブルもあったものの、結果として全ての関係者がハッピーになるという結末でした。このことは「重版出来!」のドラマ化が原作者の松田奈緒子先生にとって素晴らしい経験だったからこそこのようなエピソードになったのだと思われます。
「重版出来!」ドラマ化の裏話は「重版出来!」コミック7巻、8巻の巻末おまけページに描かれ、ドラマ化製作陣と非常に良好な関係であったことが伺えます。
今回の「タンポポ鉄道」映像化のプロセスは「重版出来!」のドラマ化のプロセスから参考にされてると思われますので、小学館の「映像メディア部」のスタンスというのは作中の小野田に準ずると言えるでしょう。
エピソード中で小野田はプロデューサーへ「原作者を全力で説得しますが、うちにとっては一番大切なのは原作と原作者です。」と言っています。つまり、(ビジネスの取引先である)プロデューサーの要望にに応えられるように全力で努力をしますが、あくまでも自社の原作・原作者を優先しますと伝えているわけです。
ドラマ「セクシー田中さん」も最終的には(漫画連載の多忙な中)原作者の意向を汲んだ修正脚本、そして原作者の執筆した脚本によりドラマが完成していることより「映像メディア部」の方針通り少なくとも原作者が納得の出来るドラマが放映されたということです。つまり、ここまでの時点で小学館サイドでは「セクシー田中さん」は既に終わった案件だったのだと思われます。
そして、ドラマ製作陣の責任者であるプロデューサーとしても(最終的には)原作使用承諾を受ける際の当初の条件であるルールを守り小学館の要望通りの「セクシー田中さん」を製作した時点で「セクシー田中さん」は終わった案件であり、次期作品のキャスティングのスケジュールを押さえる必要性もあることより、直ぐに次期作品として再び小学館の作品「たーたん」を選択し、(推測ですが円満に)小学館「映像メディア部」との打ち合わせが始まっていたはずです。
そんな打ち合わせが始まっていたであろう中、「セクシー田中さん」放送終了後の脚本家の突然のSNS発信はプロデューサー、小学館にとっても寝耳に水のことであったであろうと思われます。ドラマ製作陣の最高責任者であるプロデューサーの判断で原作者の要望通りのドラマが放映されたことに対する(不満が読み取れる)脚本家のSNSは瞬く間に拡散され、管理責任者であるプロデューサーではなく原作者への誹謗中傷に繋がってしまうのでした。
その後、原作者の芦原妃名子先生への誹謗中傷がおさまることを待っていたのか、プロデューサーと脚本家との力関係なのか、それともSNSでの騒動を問題視していなかったのかは不明ですが、脚本家のSNSは1ヶ月程放置され、それまで無言であった芦原妃名子先生からのメッセージがついにネット上に発信されることになります。
それからの経緯に関しては、あまりにも悲しい結末となってしまうことより書くことを遠慮をさせて頂きますが、テレビドラマ「セクシー田中さん」最終回放映まではプロデューサー、小学館もこのような事態になるとは全く思っていなかったはずです。今、巷では過去の作品での原作を改悪化された事例などが挙げられ、漫画原作付きのドラマ化の問題点等が多く言われていますが、それよりも問題なのはSNSの不注意な使い方とそれに呼応する多くの誹謗中傷が個人に向かう昨今の風潮ではないかと個人的には思うのです。
今回「重版出来!」を読んで、漫画原作のドラマ化がハッピーなケースになることも多々あることから、「セクシー田中さん」のケースが最悪な結果となってしまったことが本当に残念でなりません。芦原妃名子先生のご冥福をお祈りいたします。
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